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素の暮らし

自然で素朴な暮らしを目指す初老爺の日記

なぜ子供のままの大人が増えたのか

今日は色気もない、写真もない寂しいブログです。でもこういう時が私の本音です。聞きたくもない、、、、。そうですね。でも面白おかしくもないブログ、でも面白くもないけど発信するのもブログ、これ以上読みたくない人はここで閉じて下さい。

 この頃の子供は、使い方のマナーなど十分に知らず早くからスマホを使ったり、昔に比べ様々な情報が入り、咀嚼しないで物事の大切な所は理解せず、枝葉の所ばかりを追っている。確かにスマホでは我々が知らないことでもたくさん知っている。でもそれは時期を過ぎれば何の役にもたたないものになってしまう。そこにたくさんの時間を費やしている。

 貴重な時間の浪費だ。その時間の何分の一でも読書に回してほしいものだ。本で読んだことは長く残り身に付く。

 先週、この題名の本を読了した。作者は曽野綾子、2〜3年前の本だ。曽野さんは教育改革国民会議のメンバーでもあり、教育については詳しい。

 その中で「幼児化は、ただ甘やかして機嫌を取りをした結果、子供の嫌がることを一切させなかった結果である。」と書いてあった。今、そんな子供が増えている。

 多少理不尽でも親は叱ることが必要だ。子供を叱ったからといって日頃から愛情を注いでいれば、そして、困ったとき寄り添ってやれば子供は親を憎んだりは決してしない。

 逆にそんなぶつかり合いが距離を縮める。ぶつかり合いもなくサラッと距離はあったり、無関心であったりすることの方が問題だ。

 また、「したいことだけをやる。」のは幼児性の表れとも書いていた。そして甘やかされているから人から与えられることが多く、それが切れると「〇〇してくれない」と他罰的になるとも。

 自分の子供が本当に可愛いなら勉強は多少できなくても叱る時は叱り自立した大人に育てることが大切で結局は子供の為にもなる。

なぜ子供のままの大人が増えたのか (だいわ文庫)なぜ子供のままの大人が増えたのか (だいわ文庫)
(2011/05/12)
曽野 綾子

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 そして、幼児性を持って大人になると自由だから自分の好きなことをするという。「でも自由とは自分のしたいことをすることではなく、するべき義務を果たす」ことだともいう。

 曽野さんが強烈な社会的意味に打たれたというこういう詩が載せられていた。

 「凧が空高く飛べるのは 誰かが糸を引っ張っているから

  でも凧はその糸さえなければ もっと自由に空を飛べると思っている

  その糸がなければ 地上に落ちてしまうのも知らずに」

  (2003年5月15日付けの産經新聞の「朝の詩」に掲載された宮川優さんという方の詩だそうだ。)

  全くの自由ではダメで、何らかの強制力(義務)があって初めて生きて行けるということだろう。

  自由は良いことだけど、社会の中で生きて行くには、強制力のようなものがなければダメになってしまうのだろう。

  良い詩だなあ〜と思った。

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